本書を書くにあたって、山崎正友が裁判所に提出した膨大な量の文書を読んだ。それは大変な苦痛をともなう作業であった。山崎の書いた文書は、裁判での主張とはほど遠く、論旨不鮮明で、随所に論理的な破綻をきたしていた。それらのことごとくを俎上に乗せれば、それだけで本書全体に倍する分量を書くことになる。それを第2章に凝縮して述べるのは、不可能に近いことであった。
私は、山崎が裁判所に提出した文書を読むことで、彼の心理を懸命に分析しようとした。かつての山崎を知っている私は、それなりの戦略や戦術を考えて書いているものと思っていた。山崎が裁判所に提出した膨大な文書に秘められた戦略と戦術は、どのようなところにあるのかと考え抜いた。しかし、山崎の文書には戦略も戦術もなかった。
山崎が裁判所に提出した文書は、それなりのつながりをもってはいる。ところが、その文は山崎の心理を投影し、右に左に、あるいは上へ下へとうねるのである。そのうねりにそっていくら分析しても、その本質は見抜けない。うねりの頂点をすくい取り、その抽出された部分を総括的に見つめることによって、やっと本質を窺い知ることができた。
山崎の精神は、壊れていたのである。
その山崎を頼りにする阿部日顕も同様の共通項をもっている。阿部日顕は、
「彼らは、ジーッと御供養して信仰やって、坊さんが堕落するのを待ってたんです!これは、そう言えるんです。そうして、最後に堕落しきったところで、我々が宗門全部を利用して適当に料理しよう。うん。いこう。これが、いままでの彼らの本心ですよ」(平成六年五月二十六日の全国教師寺族指導会)
と、真顔で述べたことがある。常人は、彼らはそのようなウソをつくことによって、みずからの心をギリギリのところで支えているのではないかと思う。だが、山崎と阿部日顕は、そのような常人の想像の域を超えた世界にいるのである。彼らの心の中でウソが繰り返されることによって真実になったというような甘い分析も通用しない。彼らは心底そう思っているのである。それ故に彼らは共鳴、共振しているのだ。私は本書を書きながら彼ら二人の心理について考えていったが、途中ですっかり関心を失ってしまった。彼らは違う世界で生きている者たちなのだ。
私が本書を書くにあたって最も興味を抱いたのは、鈴木良雄という人物である。良雄は妻・陽子の不貞を聞いたとき、血相を変えて、
「お前ら二人ともまとめて殺しちゃるわい!」
と述べながらも、陽子の病弱な身体を気づかう思いを捨てない。良雄は妻を不貞に誘い込んだ山崎に対し、慰謝料五百万円の請求をする訴訟を起こした。その良雄の心は、どのようなものであったのだろうか。
私は志賀直哉作『暗夜行路』の主人公・時任謙作を思い出した。謙作もまた、妻・直子の不貞を知り、悩む。それでいながら謙作は、妻の不貞を許すだけの心のゆとりが自分にないことを自責する。その煩悶の中で謙作は、妻との関係について考える。
「直子を憎もうとは思わない。自分は赦す事が美徳だと思って赦したのではない。直子が憎めないから赦したのだ。又、その事に拘泥する結果が二重の不幸を生む事を知っているからだ」
謙作はさらに悩みぬいたすえ、大自然の恩恵の中で、ある心理的高揚に至る。
「中の海の彼方から海へ突出した連山の頂が色づくと、美保の関の白い燈台も陽を受け、はっきりと浮び出した。間もなく、中の海の大根島にも陽が当り、それが赤鱏を伏せたように平たく、大きく見えた。村々の電燈は消え、その代りに白い烟がところどころに見え始めた。しかし麓の村はまだ山の陰で、遠いところよりかえって暗く、沈んでいた。謙作はふと、今見ている景色に、自分のいるこの大山がはっきりと影を映していることに気がついた。影の輪郭が中の海から陸へ上って来ると、米子の町が急に明るく見えだしたので初めて気づいたが、それは停止することなく、ちょうど地引網のように手繰られて来た。地を嘗めて過ぎる雲の影にも似ていた。中国一の高山で、輪郭に張切った強い線を持つこの山の影を、そのまま、平地に眺められるのを稀有のこととし、それから謙作はある感動を受けた」(角川文庫『暗夜行路』)鈴木良雄の心理に思いを寄せた私には、良雄が謙作よりも高い精神的次元に佇んでいるように思えた。みずからをある種の諦観に押し込めるのではなく、謙作が不貞をした直子と心を一にしたといった思いに収まるのでもなく、別居をしたとはいえ何やら陽子に対して許す以上の心をもっているように思える。私は、良雄に野太い手の温もりを感じる。良雄はまるで陽子の穢れた過去を、その手で拭ってやろうとしているようだ。
良雄は山崎に対する訴訟という挙に出た。それが、裁判で勝って得る金銭以上に多くの不快をともなうことは、訴訟になじみをもたない良雄も承知してのことだったと思える。それでいながら良雄は、法廷での証言で離婚についての躊躇を隠さない。だが、大分県下の片田舎に住まうこのような無名の男が、山崎に一矢を報いたのである。
かくのごとく思考をめぐらせていったとき、大言壮語する山崎と一宗派の最高権威者である阿部日顕とが、取るに足らないちっぽけな男に見えてきた。

