本書は、第1章・第2章・第3章の三つの章から成り立っている。
各章の概略は次のとおりである。
第1章
日蓮大聖人の仏法における血脈相承の本義は、日蓮正宗が金看板としてきた「金口嫡々唯授一人血脈相承」とはまったく無縁のものであることを示す。その裏づけとして、日蓮大聖人の認められた「生死一大事血脈抄」、日興上人の残された「富士一跡門徒存知の事」を紹介する。
そして話は転ずる。平成十五年七月二十日、大石寺において阿部日顕と山崎正友、原島嵩などが打ち合わせをしたこと、それを受けて同年八月七日、東京・墨田区の妙縁寺において山崎と原島が対談をおこなったことを述べる。この対談は、いまや日顕宗と化した日蓮正宗の機関紙『慧妙』に、「今こそ史実の裏側まで全て語る!」と題し連載された。『慧妙』連載の山崎・原島対談は、法主≠詐称する阿部日顕の意を体しておこなわれたもの。対談の内容から、山崎が阿部日顕の法主¢鰹ウの保証人となっていることを述べ、この山崎の舌が阿部日顕の相承を支えている唯一のものであることを指摘。
第2章
山崎はいつも創価学会や日蓮正宗の名を出し、世間を幻惑しみずからを正当化しようとしている。しかしながら本章においては、山崎自身も認めた鈴木陽子(仮名)との不貞関係に言及。その事実に基づき夫・良雄(仮名)が山崎を被告として起こした慰謝料請求の裁判を追っていくことにより、山崎の本性をえぐる。結果、山崎がまったく信用するに足らない人物であることがわかる。
第3章
本章では、阿部日顕の相承≠ノ関する山崎の発言を昭和五十四年当時より知りうる限り網羅し、一つひとつ分析する。第2章によって山崎が信用できない人物であることが明確になっている。さらにここで、阿部日顕の相承に関する山崎の証言の変遷を示す。山崎は当初、阿部日顕に相承がないことを具体的に述べていたが、阿部日顕が創価学会批判に転じたことによって、いとも簡単に前言をひるがえし、阿部日顕の相承の正統性を述べ立てるようになる。日顕の相承≠ノついて山崎が作出した、呆れるしかない新たな虚構は、第1章で紹介した山崎・原島対談でなされた。それは、二十五年の時を経て山崎が明かした、ある「新事実」であった。
こうした章立てを念頭に置きながら、本書をお読みいただきたい。
なお、ことわっておきたいことがある。私はかつて山崎の部下であった。その期間は、昭和四十七年秋から同五十三年四月までのおよそ六年間。その間、創価学会顧問弁護士として事件を処理する山崎の下で、私は情報収集などの任にあたった。私は山崎の習性を知る数少ない者の一人である。

