「饒舌の故に」全文紹介 「日蓮大聖人と最蓮房」全文紹介

断簡六 岩を穿つ雨滴

●ファックス通信『地涌』の暴露に動揺した日顕

明けて平成三年一月一日夜、日蓮正宗の全国の末寺に一枚の文書がファックスで送られた。そのファックス文書の名前は『地涌』。『地涌』創刊号は、編集長「不破優」の「『地涌』創刊の御挨拶」を報じた。
『地涌』編集部は、『「地涌」選集』の「まえがき」にもあるように、この時すでに、阿部日顕らが密謀した「C作戦」の存在を知っていた。

一月三日に出された『地涌』第三号では、前年十二月二十五日の日顕と高橋公純、段勲、押木二郎らとの「目通り」について、それが「密談」であると指摘し、そこで創価学会攻撃が謀議されたことを暴露した。

この『地涌』第三号の暴露は日顕ら日蓮正宗中枢に衝撃を与えた。日顕らは中枢情報が漏洩したことに驚いた。同時に、日蓮正宗中枢に機密漏洩している者がいると考え、これから展開される創価学会攻撃に重大な支障となると考えた。

それにも増して創価学会側が、このたった一週間ほどのあいだに池田名誉会長を中心に一挙に内部結束をし、対宗門との問題に冷静に対処しようとしていたことは、奸計を企て、奇襲をもって創価学会の組織切り崩しを目論んでいた日顕ら日蓮正宗中枢にとっては、途方もない脅威として映ったに違いない。

日顕の動揺ぶりは、一月六日に大石寺でおこなわれた全国教師指導会において露となった。
「これからいろいろと非常に厳しいこと、大変なこと、そういうようなことが起こって来ると思います。私はもう覚悟している。大聖人様のですね、こういうお言葉がありましたね。『所詮日蓮一人にて、日本国を流浪すべき身にて侯』。私はもうこの御文を拝した時に涙がですね……(鳴咽)……しかし、私もまた、その覚悟をもっております……〈鳴咽〉……のでよろしく……(鳴咽)……私一人になっても、守ってまいります」(『「地涌」選集』所収『地涌』第七一号より一部引用)

日顕は創価学会の虚を衝こうと、前年の夏に「C作戦」を練って以来、周到にその機をうかがって創価学会切り崩しの謀計を実行に移したのに、その端緒において失敗し、動揺のあまり全国の教師を前にして涙を流すこととなったのである。このうろたえの涙に幻惑され、日顕に従った日蓮正宗の教師らは今、日顕に隷属させられている。後悔先に立たずとはこのことである。

動揺した老人の涙を宗門の将来を憂いての涙と、その日集まった出家たちが錯誤したのには理由がある。出家たちはおしなべて、信徒に対する抜きがたい差別感を持ち、我尊しと増長の極みに達していた。したがって、客観的にものを見、正常な判断をすることができなかったのである。日蓮大聖人の末流において、歴史上比類なき大信者の出現を眼前にして正当な評価をせず、妬み、嫉む心しか持ち得ていなかったのだ。それゆえに日顕の涙に騙されたのである。


●『地涌』に報じられた「C作戦」の概要

『地涌』第一五号(平成三年一月十五日発行)は、
「さて『創価学会分離作戦』(『C作戦』)はいかに実行されるのか。前述の消息筋がその全貌を明かす。
『C作戦』の目的の第一は、池田創価学会名誉会長を日蓮正宗総講頭から罷免すること、第二は創価学会を日蓮正宗から分離し両者をまったく関係のないものにすることである」

とし、さらに続けて以下のように報じている。
「作戦の実行は、以下の順で行われる。
 @池田名誉会長の総講頭罷免
 A創価学会に対し要求を突きつける
  ◇宗教法人・創価学会の役員の半数を日蓮正宗の僧侶より選出する
  ◇池田名誉会長は、単なる名誉職とし、いかなる権限も持たない
  ◇池田名誉会長は自宅謹慎する
  ◇『聖教新聞』は池田名誉会長の発言を掲載しない
   また同氏に関する報道も一切行わない
  ◇第一庶務を解散するなど
 B要求を承諾しない場合は、池田名誉会長を破門にし、テレビ、ラジオ、雑誌などを通じて、日蓮正宗と創価学会は全く関係ないことをアピールする
 C朝日、毎日、読売に、日蓮正宗と創価学会は一切関係ないという主旨の『公告』を一週間にわたり掲載する
  その費用は一億二千万円とする
 D日蓮正宗と創価学会を分離した後、どちらに入るかは創価学会員の選択に任せる」

これが宗門中枢で決定された『C作戦』の全貌である。昨年八月、電撃的に実行されていたら、不意を突かれた創価学会は壊滅的打撃を受けただろう。

ただしこの『C作戦』は中止されたわけではない。いままさにこの骨子に基づき、より巧妙に実行に移されているのだ。近いうちに、変容しながらも第二段階に突入する可能性が大である。いまや正本堂の閉鎖すらも具体的に検討されている」

この、「C作戦」の概要を報じた『地涌』の衝撃波は日蓮正宗僧俗のあいだに広がった。
『地涌』は平成三年の一年間は毎日、ファックスで送信され、翌平成四年よりは随時発行され、平成八年二月十六日付の第九〇一号をもって発行を終えた。
『「地涌」選集』の「巻末に添えて」には、編集長の不破優が次のように書いている。
「私は、遥か、遥か、遥かに続く、太陽に照らされた白い砂浜の一粒の砂である。『地涌』編集部は私を入れて市井の三名であったが、発行するにつれ僧俗の隔たりなく多くの人々が協力してくださり、情報、資料が集まった。とりわけ日顕宗内部より危険を顧みず貴重な録音テープを継続的に提供してくれた人々、ならびにそれを速やかに伝達してくれた方々がいたことは大変にありがたいことであった。いまだ情報および資料収集ルートのすべてを詳述することはできないが、信心の連帯あっての勝利であった」

ちなみに、不破優に従った編集部の二名は、とある地域の創価学会男子部の副部長と同地区リーダーであった。